鬼と舌切り雀について
男は山の麓でしわがれた声の翁に声をかけられた
今夜は鬼が出るからここで泊まっていきなさい と
男は翁を怪しく思い、最初は断った
だが、2回3回4回と何度も頼まれるうちに断りきれなくなり、なくなく泊まっていくことにした
夜中、男が目を覚ますと翁の姿が無い
いくら山に住んでるとは言えこの時間だ、痴呆に違いない
慌てて男は山に駆け登った
そして暫くすると明かりが見えた
翁の姿を探していた男は1時はそれを無視したが、やはり気になって気になってしょうがない
光の方へ行ってみるとそこには
自分好みの鬼系ロリっ子ものを片手に持ち個室に入る翁の姿があった
そう、ここはAビデオ店だったのだ
あの時翁のことを無視して先に進んでいれば
あの時好奇心を優先しておけば
もしかしたら鬼系ロリっ子は自分のものになっていたかもしれない
そして男は熟女もので抜いた
何書いてんだ俺
それはそうとして、童話に舌切り雀ってのがいます
舌を切られたスズメを助け、お礼を貰うって話です
よく、悪いことや欲張ったことをしてはいけないという教訓に使われるお話ですが、
あれを教訓にするのはどうかと思うんや
まず、舌を切られた理由がただの雀の自業自得という点
童話では、スズメがおばあさんが障子の張り替えに使おうとしていたのり(米粒的なあれ)を勝手に食ってしまったから舌を切られてしまったんですね
舌を切るっていう事に目が行きがちですが、最初に悪行をなしたのは雀で
おばあさんは自分の物を取られて怒っていただけなんです
そしてそんな悪逆非道なスズメを逃した事で善人気取ってるじじいは
自分の子供が犯罪を犯した時にすぐに否定する犯罪者の親のような人格だと想像できます
そんな人物が教訓であるはずの本作の主人公です!!
おかしくは無いですか!!
そして次、というかラスト
助けてくれた人を試すとかいう鬼畜の所業
有名な問答でもある「大きなつづら?小さなつづら?」ですが、
よくよく考えてみると
自分を助けてくれた大恩人に欲張ったら魑魅魍魎にとって食われて死ぬかもしれない試練を課すのは人としてどうなのだろうと思う
雀だけど
小さな方選んだから良かったものの大きい方選んでたらどうするんや!
耳元でこっちこっちASMRでもするんか?全身性感帯なってまうわ
じじいの全身性感帯って字面やばいやんwww
以上、ボロを出そうとすればいくらでも出せるよなって話でした
あと、紅閻魔は普通にすこです